ウイルス研究者の母里啓子が上梓した『インフルエンザワクチンは打たないで』(双葉社)が注目されている。同書は、タイトル通りインフルエンザ・ワクチンを不要と断じ、その根拠やワクチン接種の歴史などについて平易に解説。ワクチンが担う2つの役割を否定する。
そのひとつは、「インフルエンザ・ワクチンが感染を防ぐ」こと。インフルエンザ・ウィルスは変異が早く、既知のウィルスから作るワクチンでは永遠に新型に追いつけない。また、はしかワクチンとは違い、不活化ワクチン(感染性を失わせた死菌ワクチン)の上に、コンポーネント・ワクチン(成分ワクチン)であるために、ワクチンによる抗体は5ヶ月しか続かない。何より、インフルエンザ・ワクチンはのどや鼻に抗体を作らないので、そこから感染するインフルエンザを防ぐことはできない、というものだ。
もうひとつは、医師までが言う「ワクチンを打っておけばかかっても軽く済む」という「重症化防止」論には、実は科学的根拠(エビデンス)がないということ。たとえば、ワクチンを打った人と打たなかった人の間で、熱の高さや高熱の期間や回復までの時間などを定量的に調べたデータは存在しない。つまり、「重症化防止」論を振りかざしてワクチン接種を求めることは、疑似科学によって国民を欺くことに等しいということである。
さらに、同ワクチンは薬事法上の劇薬で副作用があり、乳幼児に対する副作用は調査がしっかり行われているわけでもない。したがって、報告も補償もされないという。
母里は、そんなワクチン接種を国がそれほどまでにこだわる理由として、国の国民に対する危機管理のポーズと、「インフルエンザ・ワクチンを商売としている人たち(つまり製薬事業者)」の都合であるとする。そして、次のように言い切るのだ。
「インフルエンザ・ワクチンは決して『体にいいもの』ではありません。『何もしないよりは打っておいたほうがいいもの』でもありません。『何もしないほうがはるかに安全』というのが私の意見です。」(94ページ)
筆者は、この件を単なる書評や感想文として書くのではなく、2つの否定論について実際に調べてみることにした。ワクチン接種を推奨している厚生労働省のインフルエンザ相談窓口担当に対し、まず次のことを尋ねた。
「インフルエンザワクチンを接種しても、のどや鼻には抗体ができないため、感染を防ぐ効果はないと言われますが、この点についての見解を教えてください」
それに対して同省は、こう回答している。
「現在のインフルエンザワクチンはウイルスを不活化し、更に精製してウイルス表面の抗原のみでつくってあります。接種した場合血液中に抗体はできますが、鼻咽腔の粘液には殆ど抗体は出てきませんので、ここにウイルスがとりついた時、直ちに殺すことは難しいです。
この意味で人からうつされた時感染防御は難しいといわれています。しかしウイルスが粘液についてそこで大量に増えなければ発病はしないわけで、その時は血液中の抗体が作用して、ウイルスの増殖を抑える効果はあります。これが『ワクチンは感染を防ぐ効果はない』と言われるゆえんだと思います。しかしワクチンは発病阻止効果はあります」
要するに、ワクチンを推奨している同省ですら、「感染を防ぐ効果はない」ことを認めているのである。さらに筆者はこう尋ねた。
「インフルエンザワクチンには、インフルエンザに感染しても重症化を防ぐ効果が期待できると言われますが、この主張には客観的なデータの裏付けがあるのでしょうか。また、あるとするなら、その内容を教えてください」
これに対しては、同省はこう答えている。
「体の中にウイルスを殺す抗体はワクチン接種によってできるのでウイルスが体の中で大量に増えて重症化することは防ぎます。元気な若い人々はインフルエンザで少し発熱し2?3日休むことはあっても、肺炎や他の最近感染を受けて重症化することは殆どありません。しかし高齢者はそうではありません。日本では厚労省の研究班でいくつか客観的に調べられたデータがあります。65歳以上で発病阻止45%、死亡阻止80%これはワクチンをした人としない人を比べた成績です。アメリカでも『予防接種に関する諮問委員会』での成績があります。65歳以上の健常人で発病予防効果は70?90%施設内高齢者で発病予防効果は30?40%、死亡防御効果は80%入院や肺炎予防効果は50?60%となっています」
この回答には2つの点で注意が必要である。まず、回答は飽くまでも「発病防止」や「死亡阻止」であり、「かかっても軽く済む」かどうかの回答になっていないということである。繰り返すが、ワクチンを打った人と打たなかった人の間で、熱の高さや高熱の期間や回復までの時間などを定量的に調べたデータが必要である。それがない限り、「かかっても軽く済む」ことが科学的に立証されたとは言えない。
もちろん、高齢者の死亡防御効果があるというのなら、それはゆるがせにはできないが、同省が示すデータだけでそれはわからないだろう。母里は、「ワクチンを打った人のインフルエンザが軽く治まったという場合、それはワクチンのせいではなく、それ以前にかかったインフルエンザの抗体が作用した可能性が高い」と言っている。同省が示すデータは、「65歳以上の健常人」というだけで、その人々の抗体が調べられているわけではない。つまり、ワクチンの発病防止を考察するには、この試験の条件では足りないと考えざるを得ないのだ。
もうひとつは、回答の数字は「有効率」であることを見ておかなければならない、ということである。有効率というのは、たとえば「発病阻止45%」の場合、100人に接種すると45人が発病しないということではない。接種しなかった人たちの発病に対する、接種した発病者の割合を示したものだ。もともと発病自体、感染者の一部しかしない。たとえば、ワクチンを接種しない人たちの発病が3%(100人中3人)とした場合、「45%」なら1.4人が接種した人の発病ということになる。つまり、その想定では接種によって発病を避けられた人は、僅か100人中1.6人に過ぎないのだ。しかも、繰り返すがその差の1.4人は、ワクチンの恩恵なのか、その人があらかじめもっていた抗体なのかも曖昧なのである。
ちなみに、インフルエンザで怖がられている高齢者の合併症や乳幼児の脳症は、インフルエンザそのものによって起こるわけではない。合併症はインフルエンザ以外でも起こるし、脳症は非ピリン系の解熱剤が疑われているが、引き続き調べなければならないことである。
このように、厚生労働省の回答を聞く限り、母里のワクチンの役割否定論には根本的な誤りや矛盾は出てこなかった。
いずれにしても、ワクチン否定論者の母里だけでなく、推奨している同省も「ワクチンには感染を防げない」という見解を持っていることを確認できたのは大きい。インフルエンザは、通常は発病しても死に至る病ではない。その上、感染も防げないのであれば、大半の健康な人にとって、ワクチンの価値そのものが疑問視できなくもない。
インフルエンザ・ワクチン。少なくとも、国民誰もが絶対に接種しておこう、というものではないようだ。
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